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高松高等裁判所 昭和58年(う)201号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を免訴する。

事実

本件控訴の趣意は、弁護人榊原喜重郎及び被告人本人作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官田中豊作成名義の答弁書及び答弁補充書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  弁護人の控訴趣意中法令適用の誤りの主張について

所論は被告人に対して刑訴法三三七条一号により免訴を言渡すべきであるという。すなわち、原判決は、昭和五四年六月二八日ころから同五六年九月一五日ころまでの間の三四回にわたる窃盗の所為を内容とする本件公訴事実につき、公訴事実どおりの各窃盗の事実を認定して、被告人を懲役六年六月に処したが、右の各事実は行為の態様、被告人の前科に照らし、盗犯等の防止及び処分に関する法律(以下盗犯等防止法と略称する)二条所定の常習特殊窃盗に該当するものである。ところが、被告人は、これより先昭和五六年一〇月二二日大阪地方裁判所岸和田支部において別件窃盗罪(犯行日昭和五五年六月二〇日)等により懲役一年八月の判決言渡を受け、右判決は昭和五六年一一月六日確定しているところ、右確定判決の窃盗行為も盗犯等防止法二条の常習特殊窃盗に該当し、確定判決前の本件窃盗行為と共に一罪を構成すべきものである。従って、本件所為については、一罪の一部について既に確定判決があったことになるから、免訴とされるべきであり、この点を看過し有罪を宣告した原判決は法令の適用を誤っている。このように主張する。

これに対する検察官の主張は、(一)本件起訴にかかる各窃盗行為は常習特殊窃盗にいう常習性を備えておらず単純窃盗とみるべきである、(二)単純窃盗として確定した判決は、たとえそれが事後的にみて常習窃盗の一部とみられても、既判力は他の部分に及ばず、事実上同時審判の可能性がなかった場合にも既判力が及ぶとすることは、訴訟の実際からみて是認できず、犯人を不当に利することになる、(三)本件は単純窃盗として起訴されており、訴因を動かす権限のない裁判所としては、右訴因の範囲において審判すべきであり、これを超えて常習特殊窃盗を認定することはできない、というのである。

そこで以下検討を加えることとする。

(一)  原審及び当審において取調べられた各証拠によれば、次の事実が認められる。

被告人は、少年時の昭和三六年一〇月三〇日窃盗、住居侵入の罪で懲役二年以上三年以下に処せられたのをはじめ、昭和三九年七月八日窃盗罪で懲役一年六月、昭和四二年二月二七日同罪で懲役二年四月、昭和四四年六月五日同罪で懲役二年六月、昭和四七年七月一一日同罪で懲役二年八月にそれぞれ処せられて服役し、昭和四九年一一月一四日最終の刑で仮出獄したのち、尼崎市で塗装業を営む兄のもとで約四年間塗装の職人として働いていたが、昭和五四年一月から鉄屑等の廃品回収の業を独立して行なっていた。ところが、同年四月末ころ淀競馬場で刑務所仲間の本件共犯者八木本實と出会い、同人が出所後も盗みを続けて派出な生活をしていることを聞き、盗心がめざめ、今の仕事ではさしたる儲けもなかったことから、八木本に従って泥棒稼業に身を入れることになり、まず同年六月二八日、同人と共にバール、ドライバー、手袋等を用意したうえ車を運転して金沢市まで赴き、深夜二人で武藤外喜次方に侵入し、現金約二八万八〇〇〇円を窃取してこれを折半し、続いてその足で富山市まで行き、同日午後一〇時過二人でミツオカ商会店舗ガラス戸を破って侵入し、計算器等一九点を窃取し、このうち三点位の分配を受けた。このようにして八木本とは右二件の窃盗を行なったのをはじめに、昭和五五年九月二四日ころまでの間、関西、北陸、九州、四国等の各地において、三一回(うち一回は大石隆も加わる)にわたり、現金合計約三七万四〇〇〇円及び時価合計約四億円余の物品を窃取し(このほか数件の窃盗未遂がある)、さらに単独で昭和五五年八月五日ころから同五六年九月一五日ころまでの間に、徳島市及び大阪府において、四回にわたり、現金合計約二三万二〇〇〇円及び時価合計約一〇九二万円余の物品を窃取した(このうち八木本との共犯にかかる昭和五五年六月二〇日加藤孝造方での一件の窃盗が後述する被告人の確定判決の内容となっているものであり、その余の各件が本件公訴事実として審判の対象となっているものである)。この間八木本は、昭和五五年一〇月一七日逮捕され、同五六年七月三〇日大阪地方裁判所岸和田支部において、前記被告人との共犯にかかる昭和五五年六月二〇日加藤方での窃盗一件のほか大川茂夫らとの共犯の二五件の窃盗を内容とする常習特殊窃盗の罪により懲役七年の判決言渡を受け(同年八月一四日確定)、他方被告人は、昭和五六年五月一九日逮捕され、勾留、保釈を経て同年一〇月二二日大阪地方裁判所岸和田支部において、右加藤方での窃盗一件及び有印私文書偽造、同行使、道路交通法違反の各罪により懲役一年八月に処せられ(従って、被告人の前記単独犯行にかかる最後の二件は保釈中の犯行である)、右判決は同年一一月六日確定した。そして、前記加藤方での犯行を含め、被告人が八木本と共同あるいは単独で犯した各窃盗の態様は、盗犯等防止法二条二ないし四号に規定する、二人以上現場に於て共同して犯し、門戸等を踰越損壊し、鎖鑰を開き、あるいは夜間人の住居、又は看守する邸宅、建造物に侵入して犯したものと認めることができる。

右の事実によれば、被告人が二〇代及び三〇代前半の大半の期間を繰り返し行なった窃盗罪で服役しているという被告人の身上、経歴、前科関係、前刑終了後四年半が経過したとはいえ利欲的動機から再び窃盗をはじめるに至った犯行の経緯、約二年三か月の間に三五回にわたり間断なく同種手口の大胆な方法で行なった犯行の内容、回数、期間等にかんがみると、本件起訴にかかる各窃盗及び被告人の確定判決の内容となっている窃盗は、いずれも被告人が常習として盗犯等防止法二条所定の方法で犯したもの、すなわち常習特殊窃盗であると認めるほかはない。

(二)  ところで、被告人には前記のとおり昭和五六年一〇月二二日言渡の確定判決が存し、右確定判決には本件起訴の窃盗行為とともに常習特殊窃盗の一罪を構成する窃盗行為が含まれており、しかも本件起訴の窃盗行為はいずれも確定判決前の行為である。そうすると、本件起訴事実については、一罪の一部につき既に確定判決を経ていることになるから、免訴さるべき筋合である。

もっとも、この結論に対しては、検察官の主張の如く二つの問題がある。一つは、確定判決が単純窃盗であるという点である。まず、確定判決で単純窃盗と認定されたものを後訴において常習特殊窃盗と認定するのは、確定判決の拘束力を無視するのではないかということについていえば、後に起訴された事件について確定判決を経ているか否かということは、その事件の公訴事実の全部又は一部について既に判決がなされているかどうかの問題であって、判決の罪名等その判断内容とは関係がなく、従って確定判決の拘束力を問題とする余地はない。これを本件についていえば、一個の常習特殊窃盗の罪の一部について、確定判決では単純窃盗と認定されてはいるが、ともかく有罪の判決がなされている以上、確定判決を経ていることになるのである。次に、本件の確定判決における単純窃盗の審理において常習特殊窃盗として審判を求めることはできなかったのであり、訴追が事実上不能であった場合にも、同じ一罪の一部についての確定判決の効力を及ぼすことは不当であるとの主張についてみると、なるほど右のような場合にまで確定判決の効力を認めると、ときに犯人を不当に利することにもなり、正義の感情にそぐわぬ場合があることは否定できない。とくに、本件においては、昭和五五年六月二〇日の加藤孝造方での犯行(確定判決の窃盗行為)には被告人らが犯人であることを裏付ける証拠があり(盗んで帰る途中検問に会い、車と盗品を残して逃走し、多治見警察署より指名手配を受ける。)、被告人らはそれだけは自供したが、他の犯行については全く述べず、その結果右一件の窃盗行為のみが起訴されたもので、他の犯行については証拠がないため起訴できず、しかも右一件の窃盗だけでは常習特殊窃盗として審判を求めることは実際上困難であったであろうと推察され、このような場合において一個の単純窃盗行為の確定判決があるために他の三四件の行為の責任が問えなくなるのはかなり不合理ということができよう。しかしながら反対に、検察官主張のように、訴追の事実上の不能の場合に既判力が及んでこないとすると、その例外的基準を具体的に定立すること自体が甚だ困難であるうえ、仮に基準が設けられても、それを具体的に適用するにあたって一層の困難を招来せざるを得ない。すなわち、当該犯行及びそれと被告人とを結びつける証拠が捜査官側にどの程度判明していたか、又知り得る可能性があったかを中心に、被告人の前科、生活歴、事件に対する供述の程度、共犯者の有無及びその役割、被害の裏付の程度、時期、犯行の場所、捜査の態勢等幾多の事情を探究し総合し、右基準に適合するか否かを判断しなければならないのであって、かくては既判力制度の画一性を害し、被告人の立場を不安定ならしめることになる。要するに、既判力に制度を加えようとする主張は、それが実際上の強い必要性にもとづくものとしても、従来の「確定判決の既判力は公訴事実の単一性、同一性の範囲内にある限り、その全部に及ぶ」という確立された理論(既判力の範囲をこのように解することは、訴訟係属の効果として別訴を許さずとする範囲と一致し、理論上明快であるのみならず、沿革的にみても昭和二二年の刑法改正により同法五五条の連続犯の規定を廃止された趣旨が、本件と全く同様の事情により犯人をして不当に責任を免れる結果となるのを除去した点にあると解されるところ、そのこと自体、既判力の問題は、具体的な同時審判の難易の点を超越した、いわば客観的、画一的な基準として運用されてきたこと、そのことを前提として、立法当局も、本件に現われている如き前示の不合理は、実体法の面で、従来一罪とされてきたものを併合罪として処理させることにより解決するほかなしと考えたものであろうことが窺われるのである)に例外を認めさせるに足りる安定した基準と適用の合理性を持ち合せていないという点で採用することができないのである。

次に第二の問題は、本件の各窃盗が単純窃盗として起訴されていることである。検察官は、裁判所は右の訴因に拘束され、重い常習特殊窃盗の罪を認定することができないと主張するが、訴因制度の趣旨、目的に照らすと、裁判所は訴因を超えて事実を認定し有罪判決をすることは許されないが、免訴や公訴棄却といった形式的裁判をする場合には訴因に拘束されないと解すべきである。すなわち、訴因は有罪を求めて検察官により提示された審判の対象であり、訴因を超えて有罪判決をすることは、被告人の防禦の権利を侵害するから許されないが、これに対し、確定判決の有無という訴訟条件の存否は職権調査事項であるうえ、その結果免訴判決がなされても、被告人の防禦権を侵害するおそれは全くないから、訴因に拘束力を認める理由も必要性も存しないのである。このように解さなければ、実体に合せて訴因が変更されれば免訴となるが、そうでなければ有罪判決になるということになり、検察官の選択によって両極端の結果を生じさせるのは、不合理であって、とうてい容認できず、かかる実際的な観点からも、検察官の主張は採り得ない。

以上のとおり、本件公訴事実について被告人は免訴されるべきであり、この点を看過し被告人に有罪判決をした原判決は、法令の解釈適用を誤ったものというべく、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。

二  よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により直ちに判決することとし、同法四〇四条、三三七条一号を適用して被告人に対し免訴の言渡をする。

(裁判長裁判官 金山丈一 裁判官 髙木實 田尾健二郎)

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